第19回 harappa lecture
 
  日 時  2007/1/28 日曜日 19時〜
  場 所  space harappa
  講 師  窪島誠一郎 氏 (長野県上田市 信濃デッサン館館主/無言館館主)
  参加費 無料


プロフィール
窪島誠一郎 氏 (クボシマ セイイチロウ)

1941年東京生まれ。印刷工、店員、酒場経営などへて1964年東京世田谷に小劇場の草分け「キッド・アイラック・アート・ホール」を設立。1979年長野県上田市に夭折画家の素描を展示する「信濃デッサン館」を創設、1997年隣接地に戦没画学生慰霊美術館「無言館」を開設。著書に生父水上勉との再会を綴った「父への手紙」「『明大前』物語」(筑摩書房)、信濃デッサン館日記」1〜4(平凡社)、「漂泊・日系画家野田英夫の生涯」(新潮社)、「無言館ものがたり」(第46回産経児童出版文化賞受賞・講談社)、「鼎と槐多」(第14回地方出版文化功労賞受賞・信濃毎日新聞社)、「無言館ノオト」  「石榴と銃」(集英社)、「無言館への旅」「高間筆子幻景」(白水社)などがある。
     *信濃デッサン館*
      館主が20数年に渡り収集したデッサンの一部を展示する美術館
      村山槐多・関根正二・靉光・松本竣介・野田英夫らの作品を中心に展示。
     *無言館戦没画学生慰霊美術館*
      戦没画学生の遺作・遺品などを展示する美術館
      東京美術学校の仲間を戦争で大勢亡くした画家の野見山暁治氏と、
      3年がかりで全国の戦没画学生の遺族を訪ね歩き収集した作品を展示。


レビュー

19th_lecture ある特殊な経験をしたひとや、自分とは違う境遇にあるひとに接するとき、時として感傷的・同情的にそのひとをみてしまうことがよくある。こちらは安全地帯にいるくせに非日常的な体験を見聞することで、こうした特殊な経験や境遇下がどういうことなのか、そのひとの思いを汲むこともしないであろうことか迂闊にも心まで躍らせてしまう。こうしたことの危うさに気づかせてくれたことが、今回harappa lectureで来弘した窪島誠一郎氏のお話しを拝聴して、まず感じたことであった。

 氏は、大きく胸元のあたりまで開けた黒のシャツに同色のジャケットにGパンという、今風に言えばチョイ悪風のファッションで登場した。若い頃赤いクラウンで鳴らしていたと著作で述べているとおり、(窪島誠一郎『明大前物語』)その頃の片鱗を垣間見せる雰囲気である。今回のレクチャーでは、ご自身が主催される信州上田に在る「信濃デッサン館」「無言館」に収蔵される作品についての思いと、絵に対する見方をご披露いただいた。「信濃デッサン館」は、夭折した絵描きの絵を集めた美術館、「無言館」は太平洋戦争で戦没した画学生の遺作・遺品を展示する、共に氏が運営する私設美術館である。

 さて、われわれが美術館に出向くのはなぜか?インターネットや携帯電話など情報やコミュニケーションを手軽に得られるようになった現代で、美術館に行って芸術作品に触れるという行為がどんな意味を持つのか、この問いかけからレクチャーは始まった。このことに関連し、一つのエピソードを紹介してくれた。昭和34年売春禁止法が成立し、そのために職にあぶれて自殺を考えた地方出身の娘が、冥土の土産に絵を見ていこう、と偶然貰った切符を手に展覧会に立ち寄った。その時会場にあった、村上華岳の裸婦観音像の絵を見て、「母の声がする」と言って自殺を思い留まった、という。

 ただ単に戦争や病気でかわいそう、といった枕詞だけで物事を判断するのは自分にとってわかりやすく時にロマンチックである一方、実はとても相手に対して傲慢だ。寧ろ何の先入観も持たず真っ白な状態で作品(相手)と向かい合った時にこそ、描き手の持つ作品に込めた命と接する事ができる。例えばそれは自殺を思いとどまった女性のように、絵に対する知識や絵の描かれた背景についての知識が無くとも、無私の状態で絵に接すれば、その絵のもつ力が見るものの心に迫ってくるのである。事実、氏の美術館に収蔵される絵の多くは、こうした上記の"同情的な"背景にも拘らずプロパガンダとは無縁の、愛する人を命を削って描いたものが大多数であるのだという。そしてそのように描き手が命を削って表現した絵と対峙するとき、絵を見る自分はその絵を通じて自分を見つめているのである。氏は平和運動的思想で館を運営していない。そんな思想よりも、「生きる」ということへの実感、家族や恋人といった愛する人と共有する濃密な時間の大切さ、そしてその上でどんな環境下であれ、自己表現することの大切さに触れて欲しい、ということである。

 近年「親殺し」「子殺し」「自殺」ニュースが珍しくない。「こんな時だからこそ、明日に希望のもてぬ者は、もう一度過去を抱き直すしかない」(窪島誠一郎『京の祈り絵 祈り人』)のである。偶然にも今年は、靉光生誕100年である。「信濃デッサン館」と「無言館」を訪ね、無私の心で過去を抱き直してみようとつよく思った。

森岩樹


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