東奥日報 2002/08/11付

  「奈良美智展」と市民パワー  
     
   「ねぷたまつり」の終わった弘前市でもう一つ、全国に熱気を発信する“祭り”が開かれている。
 同市吉野町の吉井酒造煉瓦倉庫で今月四日開幕した、奈良美智展のことである。
 ゼロから始めた、珍しい市民手づくりの大規模な現代美術展だ。
 芸術的価値はもちろんだが、レンガ倉庫を美術館に変えた市民の着想とパワーは、街づくりという観点からも、注目されていいのではないかと思う。

 奈良さんは同市出身で、四十二歳。あのふくれっ面の不気味な、それでいてどこか愛らしい、不思議な目つきの少女の絵を創作した人である。今回、絵や立体など新作四十点余りを展示している。

 奈良美智展弘前実行委会長の岩井康*弘大教授は、本紙への寄稿で奈良論を展開し、「若い世代の圧倒的な支持を集め、国際的にも注目される現代美術作家、日本のアートシーンを代表するアーティストである」と、高く評価する。
 また「日本文化を象徴するサブカルチャーを取り込」んだ「若者の代弁者」であり、「それが魅力となって今まで美術と全く遠ざかっていた人々も展覧会に足を運んでいる」と指摘している。

 事実初日は、猛暑にもかかわらず開館前から列ができ、千六百人が詰めかけた。県内だけでなく全国から駆けつけ、韓国・ソウルからの女性の姿もあったという。
 会期は九月二十九日まで。実行委の目標は入場者二万人という。
 一週間目の十日現在で既に五千八百人。若者だけでなく、中高年や家族連れも少なくないという。

 会場となった大きなレンガ倉庫の存在感は圧倒的で、訪れた人たちを魅了しているようだ。
 長い通路を抜けて壁の真っ黒な主会場に出ると、巨大な洞くつにでも入ったような錯覚に陥る。冷房とは違う涼しさのようなものが感じられ、まさに別世界である。
 大正時代に建てられ、酒造工場やコメの保管に使われてきた。

 奈良さんは子どものころから、家の近くで、外からしか見たことのなかったこの倉庫に、深い興味を抱いていたのだという。
 今回は、奈良さんの高い芸術性と、レンガ倉庫の醸し出す空間の魅力が一体となり、作品を一層際だたせていると言っていい。
 市もその価値は認識しており、文化施設として周辺一帯を含めた整備計画を模索した経緯もある。
 弘前には、こうした歴史的な建築物がいくつもある。今回の例にならい、全く新しい活用を考えることもできるのではないか。
 むろん倉庫と同じにはいくまいが、知恵を集めてみる値打ちは、十分にあるのではないだろうか。

 もう一つの要素が、その市民の知恵と活力の結集である。
 今回の奈良美智展は、横浜美術館を皮切りに全国五都市を巡回、故郷弘前がフィナーレとなった。
 他の四都市では主催は公設の美術館だった。だが弘前だけは、市民が実行委を組織して企画し、資金面でも全くのゼロから出発して開催した。極めてユニークだと言っていいのではないだろうか。
 最初に発案者がいて、次の人を誘う。それが次々と各界の中心メンバーにリレーされ、ついに実行委員会にまとまったのだった。
 呼び掛けに応じて、県内外から約五百人のボランティアが集まった。倉庫内部の改装作業や会場の受付など、各係を分担している。
 何よりも、倉庫の所有者の無償貸与という支援があって、はじめて計画が成立したのである。

 こうした自発的参加型の市民活動は、これからの街づくりへの大きなヒントを含んでいる、という指摘がある。その通りだと思う。
 民間だからこそ生まれる発想や方法がある。次は、何ができるのか。広く市民の間で、議論の巻き起こることを期待したい。

※「岩井康*弘大教授」の「*」は「束」へんに、右は「刀」の下に「貝」 
 

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