東奥日報 2002/03/26付

  奈良美智さんが弘前で展覧会準備」  
   

写真  にらみ目の少女や子犬などをモチーフに国内外で活躍する弘前市出身の現代美術家奈良美智=よしとも=さん(42)の県内では初の大規模展が八月四日から、同市吉野町の吉井酒造煉瓦倉庫で開かれる。幼少期の記憶を作品に昇華させてきた奈良さんにとって、古里はいわば創作の源泉。それも「子どものころから興味を持っていた」と語る吉野町のれんが倉庫が舞台とあって展覧会に寄せる思いも特別だ。このほど、展覧会の準備のため同市を訪れた奈良さんが、その思い入れの深いれんが倉庫に立った。

 三棟からなる倉庫のうち、東側の体育館一つがすっぽり入ろうかという約千平方メートルの大空間が展示のメーン会場となる。黒い板壁に、整然と並ぶ十四本のH形鋼の柱。オレンジ色の白熱灯に照らされると、それだけで“舞台”として強烈な印象を与える。

 壁に手を触れ、設計図に線を引き、照明、動線、作品の配置を地元スタッフとともに一つ一つ決めていく奈良さん。美術館のように展示のために造られた場所と違い、空間自体の個性が強いだけに時折「難しい」と首をひねりながら何度も倉庫内を行き来。打ち合わせは三時間以上に及んだ。

 倉庫について「子どもの時から興味を持っていた謎の建物だった。弘前で育った人ならみんな好奇心をあおられてきたんじゃないかな」と奈良さん。「建物のダイナミズムを消さずに、自分の作品をどう見せたらいいかが難しい。展示空間にはあまり手を加えず、加えたとしても、昔からそうだったような感じを残したい」とも話し、展示への意欲をかき立てていた。

写真  同展は昨年八月から始まった全国五カ所(横浜、芦屋、広島、旭川、弘前)の巡回展の最後を飾る。横浜美術館では期間中九万二千人が訪れ美術界の話題になった。

 横浜美術館の天野太郎学芸係長は昨年、実際に倉庫に足を運び、その空間に魅力された一人。「巡回展の中で唯一出来合いの美術館じゃない、われわれのまねできないスペース。そこで作品と空間がどんな対話を生むのか非常に楽しみ。作家の力の吐きどころでもあるでしょう」と言う。

 また主催の実行委員会会長の岩井康頼・弘大教育学部美術科研究室教授は「見せるために造ったのではない空間に彼の作品が並ぶ、いわばミスマッチが、これまでにないショックを呼び起こすはず」と大きな期待を寄せる。

 大正時代に建てられた倉庫は、弘南鉄道中央弘前駅の南側に位置し、日本で初めて本格的なシードル(発泡性リンゴ酒)が造られた場所で、酒造工場やコメ倉庫として使われてきた。十年以上前かられんが倉庫を美術展示館に−という市民運動が起こり、市が周辺の土地を含めた整備構想を打ち出し耐震調査などに入った経緯があるが、具体的な展望は開けないまま今日に至っている。

 倉庫所有者である吉井千代子さん(76)は「弘前出身でこんなに才能ある人がいることを、ぜひ地元の若い人に知らせたい」と実行委員会に参加、期間中は倉庫を無償で提供する。「今後の活用については、この企画をみんなで成功してから考えても遅くない。倉庫自身が言い出すまで黙っていようと思います」と、吉井さんは話している。

※写真(右)は会場の展示スペースで地元スタッフと打ち合わせる奈良さん
※写真(左)は奈良美智展の会場となる吉井酒造煉瓦倉庫



 主催の実行委員会を中心にボランティアによる異例の民間主導で運営する。実行委員会は弘前青年会議所、コミュニティネットワークCAST、吉井酒造、東奥日報社、奈良さんの知人らで組織。会期は八月四日から九月二十九日まで。立体、ドローイングなど新作中心に四十二点を展示予定。弘前展のホームページはhttp://narahiro.cside.com/。実行委事務局は電話0172-31-0195=いずれも4月1日から運用開始。

(文化部・相木麻季)

 
 

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